さて、どうする?

二児の父が考えた子育て方針の備忘録。父親目線で育児について気づいた事を書いてます。

もっと自分の意見を主張して良い

どんなぶっ飛んだ内容でも、自分が正しいと思う事は自信を持って主張して良いと思います。

 

別に自信たっぷりに見えるように虚勢を張れと言っている訳ではありません。
単に「自分の考えていることを、世間の常識に合っているかどうかは気にせずに主張しても良いよ。」というだけの意味です。

はあ、当たり前じゃん!?と思った人。この先は当たり前の事しか書かれていないので、読まなくても大丈夫です。ブラウザをそっと閉じて下さい。

 

このエントリは、会話の中で発言する時にいちいち「この考えは変じゃないかなあ。会話の流れを乱さないかなあ。誰かを傷つけたりしないかなあ。」などと考えてしまい、言葉を発するタイミングが0.78秒位遅れ、皆が次のトピックに移ろうかなと考えるギリギリのタイミングで喋ってしまい、何だよこの会話まだ続けんのかよ的な眼差しを向けられがちな人々に対して書いています。
つまりは私自身のために書いています。

 

発言する時に周りからどう見られるか、周りにどう影響するのかを気にする理由は、一つには優しさからくる配慮なのだと思います。ただそれ故に自分の意見が言えずブラストレーションが溜まったり、意見を表明しないことで周りの空気を悪くしてしまったり、疎外感を感じたりします(つまり、あいつは何を考えているのか分からん、と思われて近寄らなくなる)。
思いやりが悪い方向に作用してしまう状態です。

 

もう一つは、完璧主義ゆえに間違いを恐れる気持ちです。間違えていたら恥ずかしい、馬鹿だと思われるのが嫌だと感じてしまう。
他人からの評価を気にしてしまい、思ったことを素直に表現できなくなります。

 

結論を言ってしまえば、どちらもあなたの自意識過剰が原因です。

やるべきなのは「自分はこう考えているんだ」という「事実」を伝えるだけだ、という事です。
間違えているかも知れませんし、また他の人を嫌な気持ちにさせることもあるかも知れませんが、それを気にするのは自分の対処可能な範囲を超えています。そこを気にしても現実問題としてどうしようも出来ない、対処のしようがありません。
常に正解だけを言い続けられる能力など無いし、そもそも万人に賛同される意見など無理に決まっています。
よって、自分にできる最低限の事は「自分の意見を事実としてありのまま伝える」というだけです。

分からないものは分からない、出来ないものは出来ないと言っても良いのです。
出来ないものは出来ない、と言うことは当たり前の事実です。他人から見たら、今後頑張れば出来るようになるのか?そのためのプランは有るのか?君にその才能はあるのか?などというツッコミを受けるかも知れませんが、そんな事は本質から離れたどうでも良い事です。

出来ない事をどうしようが本人の勝手であり、他人が関与することではありません。もしそんな本質から離れたことを他人から指摘されたら「くそったれ!」と返しましょう。心の中でね。

 

また、人の意見に対して反論があるのなら周りの人も遠慮なく言うべきです。もちろん、建設的な意見としてです。笑い者や馬鹿にするのは論外です。
そうでないと意見が誤っていたり、目的とズレている場合に修正が効きません。そうやってお互いに修正しあって会話や議論が良い方向に進めば良いと考えています。

残念ながら、相手が建設的に指摘してくれるとは限りません。遠慮して何も言わなかったり、逆に誤りを指摘して馬鹿にすることが多いかも知れません。
もしも周りがそうだったとしても、せめて自分は堂々と意見を述べて、他人の意見には相手の言いたいことを尊重しつつ誤りを指摘出来るようになりたいと思っています。 

 

まとめ

・自分の考えている事は、正しいが誤っているか関係なしに主張して良い。
・自分はこう考えているんだ、という事実を伝えることが大事。
・相手の主張に対しても、堂々と見解を述べて良い。ただし目的に向かって建設的であること。明らかに誤っていたとしても、笑ったり馬鹿にするのはダメ。

以上